音響やフィールドレコーディングの話をしていると、たまに出てくるのがMS収録という言葉です。
聞いたことはあるけれど、なんだか難しそう。
理屈っぽくて実務では使いづらそう。
そんな印象を持っている人も多いかもしれません。
ですが、MS収録は仕組みさえ理解してしまえば、そこまで複雑なものではありません。
むしろ、「後から調整しやすい収録方式」として考えると、その便利さがかなり見えてきます。
今回は、MS収録の基本的な考え方から、メリット、よく使われる場面、さらに裏技的な使い方まで、解説していきます。
MS収録とは?
MS収録とは、Mid(ミッド)とSide(サイド)の2つの成分を使ってステレオを作る収録方式です。
一般的なステレオ収録では、最初から左と右をそのまま録ります。
一方、MS収録では最初からL/Rを録るのではなく、
・Mid:正面の音、中心の音
・Side:左右の広がり、空間差分
を別々に録って、あとからステレオへ変換します。
つまりMS収録は、「音の芯」と「広がり」を分けて収録する方式と考えるとイメージしやすいです。
MidとSideはそれぞれ何を録っているのか
Midマイク
Midには、一般的に単一指向性マイクが使われます。
これは正面の音をしっかり捉える役割を持っています。
音の芯の部分、本体にあたる部分を録るイメージです。
Sideマイク
Sideには、一般的に双指向性マイクが使われます。
こちらは左右方向の差分、つまりステレオの広がりや空間感の元になる成分を録ります。
正面の芯というよりは、
・横方向の広がり
・周囲の空気感
・空間の回り込み
・左右の差分情報
を持っているのがSide成分の特徴です。
つまり、Midが中心だとすると、Sideは空間のニュアンスを担当しているイメージです。
MS収録はどうやってステレオになるのか
MS収録で録ったMidとSideは、そのままだと普通のL/Rステレオではありません。
これを後から次のように変換して、左右のステレオ信号にします。
・L = Mid + Side
・R = Mid – Side
この処理をMSデコードと呼びます。
少し数式っぽく見えますが、実務上は「MidとSideを後でステレオに組み直す」くらいの理解で大丈夫です。
最近のDAWやレコーダーではデフォルトでこのデコーダーが内蔵されているものも多く
扱いやすくなっていることも多いので、理論だけ押さえておけば十分実践できます。
MS収録のメリット
1. ステレオ幅をあとから調整できる
MS収録の最大のメリットはここです。
収録後にSide成分の量を調整することで、
・広がりを狭くする
・逆にワイドにする
・センター感を強くする
といった調整ができます。
通常のステレオ収録だと、広がりの質感は収録時点でかなり決まってしまいます。
その点MS収録は、編集段階で空間感を追い込めるのが強みです。
作品に合わせて質感を決めたいとき、この自由度はかなり大きいです。
2. モノラル互換が高い
MS収録は、モノラル再生時に破綻しにくいという利点もあります。
スマホ再生や簡易スピーカー、配信視聴などでは、必ずしも理想的なステレオ再生がされるとは限りません。
そんなときでも、Mid成分が音の中心を担っているため、音の芯が残りやすいです。
再生環境がバラつきやすいコンテンツでは、この安定感はかなり実用的です。
3. コンパクトなセッティングで運用しやすい
左右にマイクを大きく広げる必要がないため、比較的コンパクトなセットアップで使いやすいのもMS収録の利点です。
・ロケ収録
・フィールドレコーディング
・映像用の現場録音
・ハンディレコーダーを使った収録
など、機動力が求められる現場では扱いやすい方式です。
MS収録が向いている場面
映像収録
映像作品では、センターの情報をしっかり持ちながらも、周囲の空気感を自然に入れたい場面が多くあります。
MS収録は、そのバランスを取りやすい方式です。
環境音・アンビエンス収録
街の音、自然音、室内の空気感など、空間そのものを素材として録りたい場合にも向いています。
後から広がりを調整できるので、作品の演出に合わせやすいです。
効果音収録
効果音でも、音の芯と空間成分を分けて考えたいときにMS収録は便利です。
特に、後から演出の余地を残したい場合に相性が良いです。
少しトリッキーな使い方:あえてデコードしない
ここからが少し応用的な話です。
MS収録は本来、MidとSideをデコードしてステレオ素材として使うのが基本です。
ですが実務では、あえてデコードせず、M成分とS成分を別素材として扱うという使い方もできます。
たとえば、MS RAWのようにMidとSideが分かれた状態で録れる環境であれば、
・M成分をオンマイク的な素材
・S成分をオフマイク的な素材
として扱う、という考え方です。
これは本来の使い方から外れた使い方ですが、取れる選択肢が増えるので
知っているとけっこう現場で約に立ったりします。
M成分をオンマイク的に使える理由
Mid成分は、正面の音や中心の情報をしっかり持っているため、
・音の芯
・アタック
・近接感
・直接音っぽさ
が比較的わかりやすく出ます。
そのため、実務ではM成分をオンマイク寄りの素材として扱いやすいです。
特に、効果音やフォーリーのように「まずは芯を作りたい」という場面では、M成分がかなり使いやすいことがあります。
S成分をオフマイク的に使える理由
一方でSide成分は、左右方向の差分や空間感を多く含んでいるため、単体で聴くと
・周囲への広がり
・空気感
・回り込み
・横方向のニュアンス
が感じられやすいです。
そのため実務上は、S成分をオフマイク風の補助素材として使うことができます。
ただし、ここは少し注意が必要です。
S成分は厳密には、普通のオフマイクそのものではありません。
あくまで、双指向性マイクが捉えた差分成分を、実務上オフっぽいレイヤーとして使う、という感覚に近いです。
足音を例に考えてみると
たとえば足音をMSで録ったとき、
・M成分:靴底が床に当たる芯、踏み込みのアタック、接地感、近さ
・S成分:床や部屋に広がる感じ、空気の回り込み、横方向の広がり
という、それぞれ別のニュアンスの音を収録できます。
普通にMSデコードして自然なステレオ足音素材として使ってもいいですし、M成分をメインにして足音の輪郭や接地感を作り、必要に応じてS成分を薄く足して空間のニュアンスを加えるという使い方もできます。
さらに、同じ収録素材から
・M多めでタイトな近接足音
・Sを少し足して広がりのある足音
・場面によってMとSのバランスを変えた足音
といった作り分けができるのも面白いところです。
つまりこの使い方の実務上の価値は、1回の収録から「芯のある足音」と「空間をまとった足音」の両方向を取り出しやすいことにあります。
MS収録は“あとで決められる”のが強い
MS収録の強みは、単にステレオを録れることではありません。
本当の強さは、収録後の判断を後ろに残せることにあります。
たとえば同じ素材でも、
・普通にデコードして自然なステレオ素材にする
・Mを中心に使ってタイトに仕上げる
・MとSを分けて近接感と空気感のレイヤーとして使う
といった選択肢を、編集段階まで持ち越すことができます。
これは録り直しの難しい現場や、後から演出の方向性が変わる案件ではかなり強いです。
まとめ
MS収録は、MidとSideという2つの成分を使ってステレオを作る収録方式です。
主なメリットとしては、
・あとからステレオ幅を調整できる
・モノラル互換が高い
・コンパクトなセッティングで運用しやすい
といった点があります。
さらに実務では、あえてデコードせずにM成分をオンマイク的に、S成分をオフマイク的に扱うという少しトリッキーな使い方もできます。
特に足音のような素材では、
・Mで芯や接地感を作る
・Sで空気感や広がりを足す
という考え方がしやすく、1回の収録から複数の方向性を引き出せる素材設計として…かなり面白いです。
MS収録は、一見すると理論寄りの方式に見えます。
ですが、実際にはかなり実務向きで、しかも応用の利く収録方法です。
単なるステレオ収録の一種としてだけでなく、編集前提で素材の自由度を確保するための方式として捉えると、その価値がよりわかりやすくなると思います。
今後、Hz Sound Libの効果音素材でも、このMS収録を活用した効果音をリリースする予定です。
楽しみにしていてください!